いつもご覧いただき、ありがとうございます。
今回は、
「今を大切に」
という、誰もが何万回も聞いたフレーズがテーマです。
そんなことは何度も聞かされわかっているつもりでも、
なかなか行動に移せない人も多いはずで、
もちろん私もその一人だと自覚しています。
しかし中国春秋時代の思想家である孔子は、
その著『論語』の中で、次のように述べています。
成事不説、遂事不諫、既往不咎。
成事は説かず、遂事は諫めず、既往は咎めず。
これ!人の器を測る名言だな、、、
と思ったので、今回皆さんに紹介し、
「今を大切に生きる」
その意味を再認識しましょう、という内容です。
もちろんちょっと難しい漢文なので、
以下に詳しく解説し、孔子の言葉に思いを馳せてみませんか。
最後まで読んでいただけるとうれしいです。
孔子の言葉

先に書いた
成事不説、遂事不諫、既往不咎。
成事は説かず、遂事は諫めず、既往は咎めず。
を現代語訳にすると、
成功した自慢話はしない。
してしまったことに忠告しない。
過去の過ちを非難しない。
という意味で、
例えて言うと、
部活での実績をペラペラしゃべらない
試合での采配を後々になって文句を言わない
過去の試合でのミスをいつまでも非難しない
ということになるでしょうか。
しかし人というのは、
自分の実績やリア充は周りに認めてほしいものだし、
他人の欠点やミスには文句や愚痴を言いたくなるものだし、
過去の失敗をいつまでも悔やんだり非難したくてモヤモヤ
しちゃうもんですよね。
過去と他人は変えられない
しかし、
どんなことも、過去に起こった事実を
今になって変えることはできません。
さらに自分以外の他人を、
自分の思い通りの人格に変えることも不可能です。
つまり過去と他人は変えられない
ということであり、
孔子は、
過去は過去
他人は他人
として処理する
という心の持ち方が大切だ、と説いているのです。
しかし、
それでも過去や他人にこだわる気持ちは沸き起こりますが、
この気持ちが”執着”であり、
私たちを悩ませる根源でもあります。
そして孔子は、
次の4つの執着を断ち切ったともいわれています(孔子の四絶)。
子絶四。毋意、毋必、毋固、毋我。
子四を絶つ。意母く、必母く、固母く、我母し。
意=自分勝手な心、独善
必=無理強い
固=固執、見識が狭く頑固なこと
我=我欲、利己
成事、遂事、既往、さらに不要な執着をどれだけ捨てられるか?が
人の器だ
と孔子は説いているように感じます。
過去を変えるには
…とはいえ、過去を変えることは可能なんですね。
例えば、

付き合ってた恋人と別れ、
大きく落ち込んでいる人を想像してみてください。
「あの時こうしておけば…」
と悔やんでも、恋人は帰ってきません。
しかし、
「あんな惨めな思いはしたくない」
と一念発起し、
いい男(女)になるための自分磨きを欠かさなければ、
将来的にもっといい恋が実るかもしれません。
そんな経験をすると、
過去の痛かった失恋が、
よりいい男(女)になるための
きっかけ
になった
といえますね。
これは痛くて辛かった
過去が、
いいきっかけを与えてくれる
過去に
変わった
ということです。
つまり、過去に起こった
”事実”を変えることはできませんが、
その”捉え方”を変えることは可能だ
ということになるのです。
だからこそ「今を大切に生きる」ことが大切
人は生きていれば、大なり小なり上手くいかないことや失敗することはあります。
しかしその失敗を、いい経験に変えることは可能です。
孔子の言う
成事は説かず、遂事は諫めず、既往は咎めず。
は、まさに過去や他人に執着せず、
その経験を今に生かして自分磨きをしなさい
ということで、
自慢話や愚痴、他人の悪口は表に出さず、
今の自分を大切にしなさい、という意味です。
高校生のみなさんにとって、高校生活の3年間は1度きりのものであり、
その今を有意義に過ごすことは、
きっと貴重な財産になるはずです。
孔子の言葉を頭の片隅に置いて、
どうか今の自分を全力で生きてほしいと願うばかりです。
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