【マスク】外せる?_外見や人目を気にし過ぎず生きるのに大切なこと

人間関係
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5月8日から新型コロナも5類移行となり、マスクの装着は個人の自由となりました。

私はこの日を境に、マスクを外し生活していますが、外出するとまだまだ多くの方がマスク着用で、正直言うと「少し肩身が狭い」と感じることも…

しかしなぜマスクを外したか?といえば、
今年に入って自分が罹ってしまった、ということもありますが、
全快後もずっとマスクを着用して疑問に感じたことがあるからです。
それは、

私たちはマスクを本来の目的で使用しているんだろうか?

と思ったことです。

マスク本来の目的は、
コロナの罹患予防と、
周りに移さないためのエチケット、ですが、
いま着用している人の多くは、

周りの視線が気になって外せない人
や、
素顔を晒したくない人

の方が多いんじゃないだろうか?
もちろん統計を取ったわけではなく、個人的な肌感覚でそう思ってるだけなんですが…(;´∀`)
みなさんはどう思われますか?

私は5類移行後の学校現場を知りませんが、
高校生は周りからの目に敏感な年代ですから、
今もマスクを外さない(外せない)生徒がたくさんいるんじゃないのかな?
と勝手に思っているのです。

今日はマスクとともにスカートやソックス、制服の着こなしなど「見た目」にこだわる高校生の心理を考察してみましょう。

そして「かわいさ」や「美しさ」の定義や私の思いも後半で語ります。

「私の勝手な考察」に「そうじゃない!」と感じたら、お問い合わせフォームから遠慮なくご意見をいただけるとありがたいです。

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マスクを外さない理由は?

顔パンツ

最初「顔パンツ」と聞いた時は「は?」と思いましたが、
その意味を知り「なるほど」と納得したのは私だけではないでしょう。

マスクで鼻と口元を隠すと、素顔とはまた違った印象になるんですね。
自分の素顔を晒したくないから=顔パンツ
となるわけです。

コロナ禍前も、年中マスクを着用してる生徒がごく少数いましたが、
「なぜ?」
と聞いたら、
「素顔を見せたくないから」
と言ってました。

その時はその意味がわからず、
「自信のない子」
とか
「病み期?」
と勝手に理解していましたが、
今ではその心理がわかるような気がします。

マスクしてる方が「自分のコンプレックス」にフタをする感覚になるんですかね。

みなさんの場合はいかがですか?

周りの目

コロナが収まり、制限緩和の中、外国人観光客も戻ってきた日本。
日本人のほとんどがマスク着用でも、外国人でマスクをする人は皆無ですね。

外国人だってコロナ流行中はマスクを着用していたはずですが、
なぜ今はしていないか?といえば、これが収まったからです。

日本では表向き「万が一を考えて」とか言っても、本音は「みんな着けてるから着ける」「周囲の目が気になるから」着けてるんだろうな?と思います。
いわば予防というより、必要以上に人目を気にする日本人の国民性がそうさせているんでしょうね。

みなさんはいかがですか?

「かわいい」って何やろ?

そう考えると、マスクもオシャレの1アイテム。
どうせ着けるならかわいく見える方がいいですね。
…とはいえ「かわいい」には流行りがあります。
特に高校生はかわいいもの大好きですが、
私の教員生活を振り返って、高校生の「かわいさ」の変遷を考察してみましょう。

私にはわからなかったルーズソックスのかわいさ

私の若い頃、生徒の間で圧倒的に流行った「ルーズソックス」には衝撃を受けました(;’∀’)
いくら若い教師でも、そのかわいさを理解できず、修学旅行で女子生徒の部屋に点呼に行ったときに見た1メートル超のルーズソックスがデロ~~ンとハンガーに掛かってる様子は、もう「吐く寸前」だったことを覚えています、、、(;’∀’)

ルーズソックスと前後するように、やまんばギャル(=ガングロ)が現れ、スカートが超ミニになりました。
ま、このあたりの話題は過去記事に書きましたので省略しますが、

その後も、膝上〇cmと、短さを競うようなミニスカートが流行ったり、ニーハイと呼ばれた膝上まであるソックスが流行った時期もありました。
今の高校生はスカートは長く、ソックスは短いものを履いていますね。
個人的には「今の方がよほどかわいい」と思いますが、そう感じるのは私だけでしょうか?

さらに化粧にも目元や口元を、その時の流行でよそおったり、髪型にも時代の流れを感じます(^^

そしてそれらはどれも「当時のかわいさ」を象徴するものですが、時間が過ぎると逆にダサく映ることもあるんですね。
本当に不思議なもんです。

このように考えると「本当のかわいさ」って一体何なんでしょうか?

貫雪が思う「かわいさ」「かっこよさ」の基準

私の教員時代、芸術の先生から聞いた「美の基準」的な話が印象的だったので、ここに紹介します。

「美」には2種類がある。

①
ひとつは、ルーズソックスやミニスカートのような、ある時期爆発的に支持されるもの。
これは「流行」とか「特殊性」という言葉で一括りにされるものすべてを指す。
タピオカや高級食パンブーム、一発芸人、などはこれに当たる。
芸術作品でも、一時の流行で入賞したり高値が付くものもあるが、時間とともに価値が落ちていく。
②
もうひとつは、時代や流行に関係なく多くの人から支持されるもの。
長く同じデザインの制服など、今も受け継がれる文化すべてを指す。
これは「伝統」とか「普遍性」という言葉で多くの人の支持を受けているもので、文化財や大物芸人といわれる人もこれに当たる。
本当に普遍的な美は、作者が亡くなってからもその価値は変わらないか、より高くなるもの。

これを聞いて「なるほど」と感心しましたが、これを高校生の文化に当てはめれば、
ルーズソックスやミニスカートは、一時の流行りで終わりましたが、プリクラやカラオケは、長く支持され続けています。
時期が過ぎると廃れるものと、長く支持され続けるもの、があるということです。
この違いは何なんでしょう?

その先生曰く、

美しいものはそれがなぜ美しいか?
これを追究するのが私のライフワークです。

…と。

子どもやペットに感じる「かわいさ」

小さな子どもやペットはかわいいですね。
流行りに乗って着飾るわけでもないのに、無条件でかわいいと思います。

私にも昨年孫ができましたが、掛値なくかわいいと思います。

「かわいい」は漢字で「可愛い」と書きますが、
これは「愛すべし」と読みます。

子どもやペットをかわいいと感じるのは、それが「愛すべし」存在だからです。

「愛すべし」から「化けて粧う」に

しかし人はいつまでも子どもの可愛さを保つことはできません。

大人に近づくほど、周囲と自分を比較し、自信を失うこともありますが、
人はそれを補うために「自分を飾る」(おしゃれに目覚める)ようになります。

自分を飾るとは、
流行りのファッションやトレンドを追いかけたり、化粧を覚えることです。

中高生はそんなおしゃれに最も敏感な年代ですから、これは当然の心理なんですが、
中にはこれが高じて、必要以上に過剰なメイクに走る子もいます。

プリクラでも「盛り過ぎじゃね?」と引いちゃうくらい巨大な目に加工する生徒に、
「いくらなんでも(この目は)不自然だ」
と言っても、
「これがかわいい!先生にはわからない」
と一蹴されて、、、(;’∀’)

化粧という字は「化けてよそおう」って書くんですね、、、おーこわ(;’∀’)
高校生は、素顔の方が断然かわいいと思うんだけどな~

かわいい(かっこいい)=そのままの自分らしさ

私が長く高校現場で教員をして、
生徒が「いい表情してるな」
と感じてたのは、試験監督時と笑顔に接した時でした。

試験が始まるとしばらくは皆真剣な目で問題を追うんですが、
監督中にその目や表情を見るのが好きでした。
後半になってくると、諦めた生徒は「死んだ魚」のような目になってしまうので、
これ試験の前半限定ね(;´∀`)

もうひとつは生徒の笑顔に接した時。
心からの笑顔に接した時は無条件に「いいわ~」と思いました。

高校生ってこの二つの表情で十分魅力的だな

この2つをいつも意識して生活するだけで、魅力的な人になれるはずだと思います。

生き方や教養の深さが表情となる

私は「人間って不公平だ」とも思っています。

背の高い人や低い人、裕福な家庭やそうでない家庭、病気や障がいに悩む人…
など、自分の努力だけではどうにもならないところで公平ではないからです。

けれど、だからといって「親が悪い」「先生が悪い」「社会が悪い」と周りのせいにしても何も変わらないのも現実です。

ではどうすればいいか?
答えはひとつ!
それは、

勉強して教養を豊かにすること

です。

勉強といっても、学校の勉強ばかりではありません。
例えば先に書いた「2種類の美の基準」など、日頃は考えることもない自分の知らない見方や発想や世界を勉強して自分のストックとすることです。
また自分自身の人間性(人格)を磨く努力を怠らないことです。
「読書」が推奨されるのは、その効果が絶大だからです。

そして、

豊かな教養は表情に現れます

批判を覚悟で書きますが、
教養や人間性のない人は、そんな表情や顔つきになりますし、
それがある人は、ある人の表情になっていきます。

これは先天的なものでなく、後から形成できるという点で公平です。

だから、流行りの髪型やファッションで勝負する美人(イケメン)が、
人工的に作られたものであるのに対し、
教養や人間性豊かな人は、その表情が年輪のように自然に刻み込まれていくものです。

つまり本当の美人やイケメンは、その教養や人間性が滲み出た表情を持つ人だ、というのが今日の結論です。

例を挙げると、女優の芦田愛菜さんは典型的な教養系美人ですね。
勉強してるとこんな顔になっていく、という典型だと思います。
「外見は内面の一番外側」を象徴している女優さんですね。

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まとめ_マスクひとつでも勉強できる

今日結果的に私が言いたかったのは、
「勉強しましょう」
ということです。
ここでいう勉強とは、学校の勉強ばかりではありません。

今日の記事はマスクの着脱の話題から「かわいさ」や「美しさ」の定義を2種紹介し、真のかわいさ(かっこよさ)は自然な笑顔や真剣に取り組む姿勢から生まれるものだ、と結論付けた自論です。

そして、マスクの着脱一つからでも、
「外しにくい心理は何か?」
という疑問からその考察を発展させて記事を展開しました。
このような流れにしたのは、勉強の題材は身の回りにたくさんあることを知ってほしい、と考えた次第からです。

特に中高生は「自分の見た目」や「他人の目」をとても気にする年代です。
それがいい面に作用する時もありますが、高じると逆効果になることもあって難しいものです。

そんな葛藤の中で、本当の自分らしさは何だろう?と模索し続ける毎日を過ごしてくださいね。
みなさんには流行をただ盲目的に追っかけるのではなく、たくさんの勉強した中から自分に合った「最適解」が見つけられるはずです。

この記事が、みなさんのより良い毎日を創造する小さなきっかけになれば幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ではでは、、、また来週、、、

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